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甲府地方裁判所 昭和30年(レ)36号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 小中沢百太郎

被控訴人(附帯控訴人) 小中沢美枝子

主文

本件控訴並びに附帯控訴はいづれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第一審判決主文第一項は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は原判決中原告その余の請求を棄却するとの部分を除くその余を取消す、被控訴人の請求はこれを棄却する、訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする、被控訴人の附帯控訴を棄却するとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する原判決中原告その余の請求を棄却する訴訟費用はこれを五分しその一を原告その余を被告の負担とするとの部分を取消す、控訴人は被控訴人に対し昭和二十九年九月一日附韮崎町長宛届出の小中沢美枝子名義の印鑑届(受付番号第一二四二号)の印鑑欄に押捺された同欄の印影と符合する小中沢名義の印顆一個の引渡をせよ、訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人の負担とするとの判決並びに第一審判決主文第一項につき仮執行の宣言を求める旨申立てた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において附帯控訴の趣旨記載の印顆一個は被控訴人が控訴人より贈与を受けその所有権を取得したものであるからその所有権に基いて返還を求めるものである、又控訴人の不当利得に基く相殺の仮定抗弁事実は否認する仮に控訴人においてその主張のような出捐をしたとしても葬式費用は世帯主として当然の義務を履行したに過ぎず又石碑の建立は父親として亡敦郎の不慮の死に対する冥福を祈り且つ自己の精神的慰安満足のためになしたものであるからそれに因て被控訴人は何等利得しておらないと述べ、控訴代理人において仮りに控訴人の出捐した亡敦郎の葬式費用金参万九千円石碑建立費金四万五千円が被控訴人の委任によるものではないとしても元来右費用は被控訴人の負担すべきものであつて被控訴人はその出捐を免れたことにより右金額を不当に利得したものであるから控訴人はその返還請求債権と本件共済金の返還債務とを対当額において相殺の意思表示をする、尚石碑は昭和二十九年十二月十三日韮崎市本町北原石材店に註文し代金四万五千円は既に支払済であるが未だ完成しておらないと述べたほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

〈証拠省略〉

理由

控訴人が昭和二十九年十月十五日被控訴人の亡夫小中沢敦郎が加入していた、日本国有鉄道共済組合から共済金五万六千円を受領したこと及び右共済金の給付を受ける名義人が被控訴人であることは本件当事者間に争のない事実である。而して原審証人小中沢晃原審及び当審における証人秋山武夫(原審第一、二回)同小中沢トシヱ並びに当事者双方本人の各供述を綜合すると、被控訴人の亡夫敦郎は国鉄甲府駅貨物係として勤務していたが、昭和二十九年八月中列車事故のため死亡したので、国鉄及び同共済組合より退職金並びに共済金が被控訴人に対して支給されることとなり、先づ同年九月下旬頃退職金を交付する旨の通知があり、被控訴人は控訴人の妻トシヱと共に甲府駅に至り同駅長より退職金拾弐万弐千四百余円の支給を受け、次で同年十月十五日訴外小中沢晃の手を経由被控訴人名義を以て控訴人が共済金五万六千円を受領し、右退職金並びに共済金はいずれも控訴人において保管していたこと、及び敦郎の死後被控訴人は控訴人等との折合が思わしくなくなつたので同年十月二十日頃双方の親族が寄合い被控訴人の身のふりかたにつき協議した結果、被控訴人は長男を伴つて実家に戻ることに決つたけれども前掲退職金及び共済金の処置については解決がつかず、被控訴人は実家に戻つて後訴外小林照雄、秋山武夫を通じて控訴人に対し再三右金員の返還方を要求したが、控訴人は容易に応せず同年十一月二十七日頃に至り漸く退職金中金拾弐万円を返還しただけでその余は返還を拒んでいる事実が認められ、他に以上の認定を覆すべき証拠はない。而して右認定の事実によれば、元来亡敦郎の共済金はその遺族である被控訴人に対して支給せられたものであつて、その所有権が被控訴人に在ることは明かであるから、控訴人がこれをその手許に止めて返還を拒否していることは法律上の原因なくして被控訴人の損失において同額の利得をしているものと解しなければならない。

控訴人は、被控訴人は訴外秋山武夫を代理人として右共済金五万六千円の返還請求権を抛棄したと主張し、被控訴人が訴外秋山武夫を代理人として控訴人に対し共済金の返還方を交渉したことは当事者間に争がないけれども、原審並びに当審における証人小中沢トシヱ並びに控訴人本人の各供述によつては未だ右代理人が共済金の返還請求権を抛棄したという事実を肯認するに十分でなく、他に右事実を認め得る証拠はない。却て原審並びに当審における証人秋山武夫(原審は第一、二回)並びに控訴人本人の各供述によれば、訴外秋山武夫が被控訴人の代理人として昭和二十九年十一月二十七、八日頃控訴人に対し前掲退職金並びに共済金全額の返還方を交渉した際、控訴人は退職金中拾弐万円だけは渡すがその余は渡せない旨強硬な態度を示し若し全額の請求に固執すれば退職金についてすら返還を受け得られない懸念もあつたので、同訴外人は同日は一応控訴人のいうとおり退職金中拾弐万円を受領して来たのであつて、尚その際控訴人より残余については請求しない趣旨の書面を差入れるよう要求されたが、同訴外人はこれを断つており、殊更に控訴人に対し明示的にも黙示的にも共済金の請求を抛棄する如き意思を表示した事実は存在しないことが認められるので、控訴人の右抗弁はこれを採用しない。

次に控訴人の相殺の仮定抗弁につき一括して判断する。原審及び当審における証人小中沢トシヱ並びに控訴人本人の各供述によると控訴人が亡敦郎の葬式費用として金四万円位の出捐をした事実はこれを認めることができる。控訴人は右葬式費用は元来被控訴人の負担すべきものであつて控訴人は同人の委任により立替たものであると主張しているが右委任の事実を認め得る証拠はない。むしろ前掲各証拠によると亡敦郎の葬式は被控訴人には全然諮ることなく控訴人が施主となつて行つたもので、従て香典等も総て控訴人がこれを受けていることが認められるから、委任関係を前提とする控訴人の右主張はその理由がない。更に控訴人は右委任関係がないとしても不当利得の返還請求権を有すると主張するのであるが、何人が葬式を行い又その費用を負担すべきかについては特に法律の定めがなく、従て専らその地方又は死者の属する親族団体内における慣習若は条理に従て決するのは外はない。民法第八百九十七条も右とその趣旨を同くするものと解せられる。本件においても亡敦郎の葬式費用はその配偶者である被控訴人だけが当然にその総てを負担すべきものとする根拠はない。当審における証人小中沢トシヱ及び控訴人本人の各供述によれば、被控訴人等夫婦は未だ控訴人と同一世帯に在つたもので、従て前認定のように被控訴人の意思に関りなく世帯主であり且つ父親である控訴人が施主となつて挙式したのであつて、右は地方乃至親族間の慣習に従いしかも控訴人自らの意思に基いて行われ被控訴人の為にする意思を以てなされたものではないことが認められるから、被控訴人に対し不当利得としてその費用返還を請求すること到底許されない。よつてこの点についての抗弁も亦排斥を免れない。

尚控訴人は亡敦郎の石碑を昭和二十九年十二月十三日韮崎市北原石材店に代金四万五千円を以て注文し未だ完成はしないが右代金は既に支払済であると主張しているが、此の点に関する原審証人小中沢晃原審及び当審における証人小中沢トシヱ並びに控訴人本人の各供述はにわかに措信できないし、他に右事実を認め得る証拠はないから右事実を前提とする抗弁は採用の余地がない。

次に被控訴人の印顆引渡の請求について判断するに、被控訴人がその主張する印顆一個を控訴人より贈与を受け所有権を取得した事実はこれを認め得る証拠が全然ないから、右印顆の所有権が被控訴人にあることを前提とする主張はその理由がない。

はたしてそれならば、被控訴人の請求は金五万六千円及びこれに対する支払命令到達の日の翌日である昭和三十年二月十日以降完済迄民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきであり、その余は失当であつて結局これと同趣旨に出た原判決は正当であるから本件控訴並びに附帯控訴はいずれもその理由がない。

仍て民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第九十二条第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 土田勇)

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